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2010.02.06

■POPEYE伝説 [ドキュメンタリー]

ポパイ伝説
POPEYE伝説
 1月31日(日)15:00~ WOWOW

ドキュメンタリーが好きなんだけど、なかなか観る時間が無くてずっと録りためてばかり。
しかし、WOWOWで放映している“ノンフィクションW”シリーズ『街伝説:秋葉原』『街伝説:原宿』が面白かったので、『POPEYE伝説』も観てみた。
オープニングからEaglesホテル・カリフォルニア」が流れ中年の心をガッチリ掴む。Chicagoサタデイ・イン・ザ・パーク」、America金色の髪の少女」なども流れ、懐かしく心地良いBGM達。

1976年マガジンハウスから創刊された雑誌『ポパイ』。
女性誌『アンアン』は仕事をした事もあるので当然知っているが、男性週刊誌『平凡パンチ』もここから出版されていたとは知らなかった。
それらの編集長であり、現在最高顧問である木滑良久と石川次郎が今までに無い雑誌を目指して作ったPOP EYE(ポップ・アイ)=ポパイ。
TVで見かける石川次郎は雑誌編集者だという事を今回初めて知った、おまけにおしゃれな雑誌の…
当時の編集に関わっていた人達や、山田五郎(ホットドッグ・プレス)、馬場康夫(ホイチョイ・プロダクションズ)などが証言者として登場。私が懐かしかったのはモデル・木村東吉

創刊号はアメリカ・カリフォルニア特集。
当時日本の若者は長髪でボロボロのジーンズ(たぶんベルボトム)をはいていたが、アメリカのヤングはベトナム戦争終結に伴い、ポロシャツを着こなし、ジョギングに励む健康的な生活を送っていた。
アメリカの爽やかなライフ・スタイルやムーブメントを紹介し、スポーツウエアをシティ・ファッションとして取り入れたサブ・カルチャー的な雑誌『ポパイ』はたちまち日本青年達の心を虜にしたのだそうだ。

それまで運動靴であったズックを“スニーカー”と呼び、“ジョギパン”(死語?)は街中ではいても良いと提唱したのもこの雑誌。そして、アメリカで面白いヤツがはいているという理由で紹介した“NIKE”。
サーフィンやスケボー、スキーなどのスポーツ・ファッション、スポーツができない者でも否定せず、いわゆる丘サーファーOKのシティ・ボーイ御用達ストリート・ファッション雑誌として70~80年代に若者のブームを牽引したらしい。

番組自体は面白かったのだが、よく考えると私はこの本を一度も買った事が無い。『ブルータス』の特集号などは80年代によく買っていたわ。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

爽やかだよね、この頃のLAって、ベトナム戦争のごたごたから更正したって感じ。  イーグルスはちょいと渋みがあるけど、シカゴもアメリカもメチャ青空って感じよね、ほんと心地いいです、久々に聞くと。
ポパイはPOP EYEと言う意味だったんだ、初めて知りました。  何故か、サザンオールスターズがジョギパンとスニーカーで紅白で歌っていたのを思い出しました。  

>爽やかだよね、この頃のLAって
今のLAは分からないけど、TVの映像ではサーフィンをする青年とジョギングに励む女性が映ってましたよ。

アルバート・ハモンド「カリフォルニアの青い空」、ドゥービー・ブラザーズ「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」なんかも流れてたと思います。ちょっとずつ70年代のヒット曲がかかって見ていて楽しかった。

編集長の木滑良久がいつも子どもの為におみやげに買ってた「POPEYE」で決めたそうです。私も知らなかった~

高校に入った頃に初めて買った。四つ角の某書店で。買うまではエロ本だとおもってた。当時は特殊な紙を使っていたようで、独特な匂いがあったよ。この雑誌にはメチャクチャ影響受けた。極端な話、これなかったら田舎にいたかもしれないもの。これとビックリハウスね。81年に出た号に載っていた「スニーカー少年」として紹介されていた当時東海大学の学生がいたんだけど、一年後に、銀座のアム・スポーツ・フットウェアで店員と話していたときにそのヒトに声をかけられたんだよね。世間て狭いとおもった。マニア同士で盛り上がって、竹下通りの今はない喫茶店でケーキを奢られたっけ・・・。
当時は「平凡出版」なわけだけど、平凡社の「えほん百科」も俺の愛読書だった。復刊ドットコムに2006年にコメントしたんだけど、まだ復刊されていないようだ・・・。

ポパイは人のを借りて読んでた。インテリアやグッズ、ファッションはちょっと私の好みでは無く、コムサ系の雰囲気を持つブルータスの方が好きで時々買っていた。

>メチャクチャ影響受けた
TVを見てイノ好みだなぁと思ったよ。
紙の匂いが分かる気がする。折るとハッキリ折り目が付く紙だったと思う。発色が良いコート紙だけど、安っぽい感じ、当時はそんな紙を使った雑誌が多かった。

ビックリハウスは姉が買っていたので、私はポンプ。マイナーな存在なので、実家に帰ったら探してせめて写真くらい撮って来ようと思っている。

マガジンハウスの仕事はしていたけれど、元は平凡出版とは知らなかった。アイドル雑誌も作っていたけれど、あれは確か明星だったような…

ポンプ?きいたことがあるようなないような・・・。『平凡』の最終巻(巻っていうのかな)買ったのおぼえているが、値上がりしてるのかな。

80年代後半あたりからのポパイは全然だめだった。ファッション雑誌、デート情報誌になって。あんなのなら『MONOマガジン』とかのほうがいいや。

ポンプは実家に行ったら探してくる。ビックリハウスより薄い読者投稿雑誌で、小口にまで文字がびっしり書いてある本。380円位だったかな?安いから買っていたようなもの。

>MONOマガジン
見応えのある小物コレクション雑誌というイメージ。でも、この本が出版される頃には雑誌を買わなくなっていたから、男の人が買った物を読ませてもらっていた。
今も会社に置いてあるけど、時計とかゴツくてとても私には似合わない時計が紹介されていたな。

久しぶりにコメントさせてもらいます。

この番組見たいと思っていたのですが、すっかり忘れていました。見たかったなー。残念。

僕は、創刊当時は小学生なので、その数年後から山田五郎さんの方を愛読していました。いとうせいこうやらホイチョイなんかが携わっていたので、面白い企画が多かったです。

ただ、同じような時期からデートマニュアル的な企画が多くなり、どちらも読まなくなり、ブルータスの方にいってしまいました。

お久しぶりです。
WOWOWが視聴できるなら、再放送されるかもしれませんね。
この番組を見て、テレビに出演している人のバックグラウンドが分かりました。山田五郎は『ホットドッグ・プレス』の編集者だったのですね(てっきり『ビックリハウス』系かと)。
『ホットドッグ~』の読者がまわりにいなかったので、ほとんど読んでいませんが、いとうせいこうにホイチョイと聞けば、面白いサブカル雑誌だったんでしょうね。

深夜のテレビ番組もそうですが(『カルトQ』等)、雑誌も編集者の好きな事をやっているのは面白いです。でも一般大衆に<売れる/ウケる>物に変わってしまうと、どの雑誌でもいいし、どうでもいい事となってしまってつまらなく感じてしまいます。

『ブルータス』はセンスが好きでした、でも私の手の届かないレベルなのよねー(^^ゞ

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